自分で自分を褒めていくスタイル

自分で自分を褒めていくスタイル

 

褒められたい、認められたい欲

人生において承認欲求って誰にでもあることだと思うのね。

そんで、その欲求がうまく満たされないと極端な方向にいってしまいがち。
この、うまく満たされるっていうのが難しいと個人的には思っていて、自己評価が低い人は褒められても上手にそれを受け止める土壌ができていない。

しかも、なんとなーくだけど、人に褒めてもらいたい、認めてもらいたいって声を大にしてはいけない空気が、社会にはあるような気がする。

実績がないのに頑張ったから程度では褒めてもらえない…そんな空気。
特に女性に関しては、仕事において成果を出すっていうことがまだまだ難しいと思っている。
世間の受け入れが進んでいるとは言っても、じゃあ事務員さんや私みたいな接客業ってなると女性優位になる一方で、昇給とかは望みにくい世界。

そして、肉体的には男性にどうしても劣りがちで、情緒面の発達が男性よりもある反面、ちょっとしたことが気になりがち。(ゴミをちゃんと捨てたりとか掃除したりとかね)

なのに、そういうちょっとしたことを片付けても、誰も褒めてくれない。っていうか気付いていない。
私はそこで、無理してでも頑張って、認めてもらえるように自分のスキルを上げていくことにした。

私にしかできないものが増えた。もちろん、すごいって言ってもらえたし、褒めてもらえることもあったけれど、

結果としては…

給料は最初と変わらないのに、投げられる仕事が圧倒的に増えた。

 

もしかしたら八方美人なだけかもしれない

そんなん病むに決まってんじゃんーー!心身共に疲弊するわ!!
そう頭で分かってても、頼られたり、褒めてもらえることが、自分の中で大きな優先順位になってしまっている。
というよりは、誰にも頼ってもらえない自分に価値がないと思えてしまうと同時に、自分は頼りにならない奴だという自己評価を覆せないジレンマに囚われている。ハリネズミ!

働きたくないけど働かないと落ち着かない。頼れる人でいる為には実力が必要で、その実力を得る為には努力が必要で無理して仕事こなして…のデス・スパイラルが発動する。

「あの人全然仕事できないよね」なんて陰口が怖い。

「何年この仕事やってんだよ」って台詞が怖い。

これは、私が昔にブラック企業に入って実際に言われ続けたからかもしれないし、

学生時代に思いっきりいじめられたからかもしれない。

才能溢れてマジでポジティブにアグレッシブに生きてる姉へのコンプレックスかもしれない。

 

とにかく、私は承認欲求が強いくせしてそれを素直に受け止められない性質を持ってしまっている。
つまるところ私は、気持ち悪い自意識過剰女の自覚があるくせに、いい格好を崩そうとしないダッセェ奴なんだと思う。

 

おたくのコスパ最強かよ

自分で言うのもなんですが、私はゲームやアニメなしには生きられない性分ですが、
そのおかげでしんどくてもやばいところにまでいかないのかなっていう自覚もある。

オタクの何がいいって精神衛生上のコスパが最強であること。

もう、好きなキャラの新規画像(使い回しでも可)でも見ようものなら、脳内で幸福成分炸裂してありがたくて拝んだあと快眠できるレベル。
※コンテンツが終了したホビアニ好きにはよくあること

これがまぁただの双極性うつ障害の症状ってだけだったらそれまでなんだけど、楽しいことがあることは間違いなくいいことだ。
ここだけ見ると夢女子(オタク女の専門用語です)のようだけど、言いたいところは違う。

私たちはエンターテイメントに自分の生活にない要素を見出して楽しもうとする。
ホラーや絶叫系はその最たるもので、安全性が確保されていると信じられる非日常だから盛り上がれる。悲恋は自分じゃないから感動する。

大変に残念なことに、現代社会は真っ当に褒めてもらえるという経験や、純粋に楽しいって気分を得ることが難しい。それならば、非日常にそれらを求めたっていいはずだ。

だから、心が病みがちな時は、

自分の代わりに楽しそうな推しキャラの顔見て、推しに癒されて、できればさっさと寝る!
これでなんとなく昨日より健康になっていることが多い。(実体験)

もちろん大きく心身のバランスが崩れた時はそれさえ厳しいんだけど、オタクというものは社会的カーストが低い代わりに同好の士になると結びつきが鬼強くなる。

たくさん褒めてもらえるようなこととか、純粋に楽しめる趣味を共有できる友人がいるかいないか、ってことが、すごく大切だと思う。
どんなに稚拙な作品でも、それをすごいね!とか、いいね!って言ってくれる人がいるということは、死ぬほど励みになる。

私が仕事中毒になりがちな精神構造をしていてもまだなんとかなるのは、よくできた友人達や、仕事そっちのけにしたいくらい夢中になれるものがあるからだ。

 

ブログでぐらい、自分で自分を褒めてみる

褒めてあげる、自分を認めてあげるということは、生きていることへの正当な対価だってことを、いつでもは難しくても、ちゃんととらえて生きたい。

心から思うことは難しいから、せめて何かに残る形で発信したい。
このブログはそんな気持ちで書いていきたいと思っています。

いーじゃん!!すごいじゃん!
だって生きてるってだけで、経済回してんだよ!酸素を二酸化炭素に変換して植物に光合成促してんだよ!

休みの日に午前中に起きてる時点で偉くない?
炊事洗濯掃除自分からやったらめちゃくちゃ偉くない?
このご時世、別にやらなくても死なないのにやっちゃってるんだよ?
下手とか関係なくやったことがまずすごくない?

化粧毎日したり体に気を使うの超頑張ってるーーーえらいーーーー!!

むしろブログ更新していることがえらいーーー!

 

もしも同じ気持ちの人がいるのなら

こんな辺境のブログを見てる人がいるとは思えないけど、もしもなんかのきっかけでこの記事を見たならば、
多分同じようにオタクだったりアラサーだったり、ワーホリだったり発達障害だったり、うつ病だったりするのではないかと思う。

だから声を大きくして言いたい。

めっっっっっっっっっちゃ辛いよね!!!!!!!?そんな中で生きてんの超すごいよ!

誰に認められなくても成果が出なくても、それをやってることがマジですごいよ!
生きにくくて生きにくくて仕方ないと思うけど、それでも生き続けているのえらい!

私はろくなアドバイスもできないし、助けてあげることはできないけれど、ドチャクソ損な性分を持っているがゆえの苦しみは痛いほど分かるぞ。

ここで生真面目でワーホリのアラサーですでにボロボロな女が、なんとか人生楽しめるようにあがいていくから!

少しでもあなたが人生楽しめるように心から祈っています!

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