『桐生先生は恋愛が分からない。』恋愛と発達障害を考えるその2

『桐生先生は恋愛が分からない。』恋愛と発達障害を考えるその2


恋愛と発達障害について考えるその2。
今回は私のイチオシ漫画で、同じくピクシブコミックで全話読んだ(今は特定の話のみ閲覧可能)
『桐生先生は恋愛が分からない。』を紹介させていただきます。

前回と同じくちょっと論文調で長めになりますが、お付き合いいただければ幸い。

 

『桐生先生は恋愛が分からない。』とは

『ヲタ恋』に比べて認知度も低いと思われるので、ある程度あらすじを書かせていただきますと、

恋愛をしたことのない・恋愛感情も分からない自負のあるアラサー(32才)漫画家:桐生先生が、担当に言われてヤケクソになりながらも努力して描いた「ぼっち系主人公がハーレムになる青春漫画」が当たってしまい、アニメ化することになる。

●桐生先生は自分が性的マイノリティである可能性が高いことを自覚していて、女=恋愛好き、という世間の風潮に怒りながら、それに異を唱えられるような社会テーマを取り扱う少年漫画を目指している一方で、自分がマイノリティであること自体に悩んでいる。

●あるとき自分のアシスタントの若者:朝倉くん(通称アサシン)が、作品を通して桐生先生の考え方に共感し、今では特別な感情(恋愛感情)を持っていることを知ってしまう。

●更に、作品のアニメ化にあたり会議に参加したところ、監督と見解の不一致で空気を悪くしてしまい、落ち込んでいたところに、脚本・構成を担当する北村さん(通称軍師)から、「恋愛に興味がないのでは」と痛いところをつかれ、自分のマジョリティへの抵抗感を受け入れてくれた軍師に安心感を覚えた矢先、「女性として興味を持った」と告白されてしまう。

●アサシンは最初から桐生先生大好きをクールに伝え、軍師は最初は興味だったものが、お試しでお付き合いしているうちに本当に桐生先生が好きになってしまう。

●でも桐生先生は二人からの恋愛、結婚の提案を若さゆえのあやまちなのでは?妥協なのではないか?と悩み続ける。

だいたいこんな話です。

 

桐生先生の気持ちが分かりすぎてしんどみ

まず恋愛感情を理解できないアラサー(友愛は理解できる)の時点で死ぬほど共感してしまう。
『ヲタ恋』がオタクあるあるギャグと正統派恋愛描写の漫画であるのに対して、
こちらはきっかけこそ漫画であるものの、性的マイノリティに悩み続ける上にちゃんとした恋愛描写はかなり少ない。

前回の記事でも書いたように、発達障害に「恋愛感情」が分からないという人は少なくない。
また、結婚などをしている人でも、部屋は別だったりと通常の夫婦と比べて距離がある方もいたりする。
っていうか私がまさに恋愛が分からんって感じなので、
桐生先生が悩み続ける、「恋愛ってなんだ、なぜしなければいけないんだ」という悩みはとても共感でき、桐生先生がそういう部分で声を上げて怒っているところにちょっと勇気をもらえたりもする。

発達障害に限らず、恋愛や結婚=幸せなもの、という感覚はまだまだ日本において浸透していて、その風潮に乗ることができない自分の異質さに耐えている人は一定数いると思うけど、
自分が異質であるという自覚のある人は基本的に落ち込みがち(というか排斥されがち)なのが日本人の性格なので、桐生先生ほどの強火の怒りは目から鱗な部分もあるかもしれない。

桐生先生は序盤こそオタクっぽい部分があるものの、根っこが
「自分の意見を変えられない、自分の正しいと思うものを軽視されることに耐えられない」熱い人で、過去にめんどくせぇと言われ続けてきた様子。

作中では
ノンセクシャルか(非性愛:他者に対しての恋愛感情は有り得たとしても、恒久的に他人への性的欲求を持たないこと)
Aセクシャル(無性愛:他者に対して恒常的に恋愛感情や性的欲求を抱かない)なのではないかと何度も悩み、
具体的な名前を知らずに似たような悩みを持っていた私はこの漫画のおかげで調べるきっかけになったので、ありがたやーと思いました。

最終回の桐生先生の選択は、トゥルーだけど、ハッピーじゃない、そんなリアルみのある終わり方なので是非読んでもらいたい。

『腐女子クソ恋愛本』とはちょっと違う

同じくピクシブコミックで読める『腐女子クソ恋愛本』、私はこちらも最新話の配信を毎回楽しみにさせていただいているのだけれども。
こっちは恋愛そのものは一応できなくはないけど、それ以上に楽しい「オタク」という趣味が止められない人たちのエッセイになっている。
深く掘り下げれば、エピソードの根底には桐生先生と同じような人もいるかもしれないけれど、「とりあえずお付き合いする」「とりあえず男性と合コンする」程度の価値観を持っている人の話がほとんど。
なので、この人たちもどちらかというと『ヲタ恋』の成海ちゃんに近く、恋愛に重きを置けないだけで、他者と共通の話題・感性を持つことができるマジョリティ側の人間のお話だと思う。

 

 

桐生先生は自閉症スペクトラムなのでは?

作中では一切出てこないので完全に憶測になってしまうけれど、桐生先生の一つのこと(桐生先生にとっては性的マイノリティであるということ)を真面目すぎるほどこだわり、時に怒り、でも作品のためにそれを学ぼうと正面から頑張って手を抜けない。

これらの特性は自閉症スペクトラムの特徴と非常に似ている。
他者の気持ちを想像できない、という部分がもしも濃く描かれていたならば、「『桐生先生』描いてる人って発達障害なのでは?」とより強く思っていたかもしれない。

今のところは、桐生先生は自閉症スペクトラムのかなり常人に近い人、いわゆるグレーゾーンの人ぽく思えるけれど、そういう軽度な人のほうが中途半端に社会に馴染めてしまうので逆にきっついというのは、軽度の発達障害の診断をされている人々であれば共感できるところなのではないかと思います。

そんなわけで、一見ラブコメに見えるものの、同じ悩みを持つ人が読むと続きが気になって仕方ない漫画、
『桐生先生は恋愛がわからない。』
個人的にはかなりのおすすめ作品になっておりますので、気になった方には是非お読みいただきたい所存。

おしまい。

 

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