「ヲタクに恋は難しい」? 恋愛と発達障害を考えるその1

「ヲタクに恋は難しい」? 恋愛と発達障害を考えるその1

ノイタミナでアニメ化した『ヲタクに恋は難しい』

もともとピクシブコミックで読んでいたときから、「絵柄かわいいし面白い〜」と思ってた。

特に最初期のネタの
「出ねぇぇじゃねぇーかよ紅玉よォォォォ!!!」の気持ちが分かりすぎてアカンってなった。

なおくんこーくん組を考えると時期が早すぎた気もするけれど、主要4名だけの話にするなら、4月のアニメ化は普通におめでたい話題だと思いました。
まぁ時期確認するの忘れて観てなかったけどね(涙)!!!
さっきOP観てきてクオリティ高くてすごい後悔してるところです!!

でも、この『ヲタ恋』、アニメ化するって話題になってから、私の周囲でこんな声がちょこちょこあった。

「あんなのオタク(ヲタクって変換がめんどくさいので、以後タイトル名以外はオタク表記にします)じゃなくない!!?ただのオタクの趣味がある普通の人じゃない!?」

「オタクの部屋があんなに綺麗なわけがなくない!!?」

ってな感じで。(部屋については作画的な都合をかんがえてやれよ…と思った)
私も作品自体を否定するつもりないし、更新の度にピクシブで読んでるので普通に好きな漫画なのだけれど、
「あんなのオタクじゃない」という言葉には少しばかり理解できる気持ちがあった。

そんなわけで、ちょっと論文みたいな流れの記事にしていきます。
長くなるかもですが、たまにはこんなのも見ていただければ幸い。

 

そもそも「オタク」って言葉について

発達障害が判明したとき、「あなたオタクなのよねぇ」と病院の先生に言われてドキっとしたという話をはるか昔の記事で言いましたが、この先生が言っている「オタク」という言葉は、現在で一般的に言われているところの「オタク」とは明らかに違う意味です。
本来のオタクとは、マニアとニアイコールの言葉で、今でいうアニメや漫画などを好む嗜好の人々はあくまでも狭義での使われ方。

一説によると、『スクール革命』という番組で、言語学者である金田一秀穂先生が仰った
マニアとは、一つの物事に熱中する人の事。
オタクは一つの事にしか関心が持てない人の事。
という違いがあるようです。

今この記事を打ってる愛用のマックちゃんの内蔵辞書によると、

マニア=特定の分野・物事を好み、関連品および関連情報の収集を積極的に行う人。

オタク(おたく)=俗に、特定の分野・物事を好み、関連品および関連情報の収集を積極的に行う人。狭義にはアニメーション・テレビゲーム・アイドルなどのような、やや虚構性の強い世界観を好む人を指す。

だそうです。
言語学者先生のおっしゃる通りの定義であれば、オタクは若干蔑みの意図があるように聞こえますね。
最近ではマニアって言葉はほとんど使われなくなってきてる気がするし、マックちゃんの辞書の意味のほうが現代の使われ方にはピンとくるものがあるのではないでしょうか。
ちなみに個人的にはマニアという言葉のほうが収集癖の側面が強いように感じております。
賛否両論ある定義だと思いますが、この言語学者先生の言葉はかなり的を得ていると思います。

 

オタク=異質の存在

今でこそオタクって普通に言えるようになったのだけれど、この狭義のほうのオタク趣味は、十数年前くらいまでは完全に軽蔑、悪口の言葉でした。特に学校という名の閉鎖空間の、更に女子の中では、今でいうパリピ的感性を持っている人がヒエラルキーの最上位で、オタクは最下位ないし下位の存在でした。
「あいつオタクでキモいからいじめよう」の図式が簡単に成立する世界です。

ここらへんからは私の推論になってしまうけれど、
原因としては今で言うワンピースやポケモンなど、誰もが知っている国民的アニメなどが台頭しきれていなかったのではないかと。
また、芸能人とかがアニメ好きとかを公言してくれるようになったのも大きいのかなぁと思います。
個人的に、しょこたんは道を切り開いた人だと思っている。

つまり、アニメ・漫画=小さい子供のもので、それをある程度の年齢になっても好きでいることは、情緒の発達に伴い興味関心の移り変わりが激しい小中学生の年齢、特に女子にとっては、異質であり=排他の対象となります。
一方の我々オタク側も、昔はみんなアニメの話題で盛り上がれたのに、今ではファッション雑誌とか好きな人とか、ギリギリ近い話題でも少女漫画の話になってしまい、ついていけないという事態が起こります。
小中学生時代で「あいつオタクでキモいからいじめよう」の対象になった人は、
先に出した通り、一つの事にしか関心が持てない=自分の趣味を持ちながらも周囲と協調もできる話題を持てない人である可能性が高いわけです。

 

話を戻して考えよう『ヲタクに恋は難しい』

そういう経験をしてきた人にとっては、『ヲタ恋』はファッションオタク、見せかけのオタクに見えるのも無理はないと思う。
なぜなら主人公の成海ちゃんは非オタに擬態のできる腐女子で、お友達の花ちゃんも擬態が得意です。
擬態できるということは、オタク的以外の話題も持つことができているということ。
そしてなによりも、確かに真面目な恋だの愛だのの話題は少ないないかもしれないけれど、
恋愛という感情を相手に持ち関係を保つことができる。
→自分の趣味を持ちながらも、周囲と協調もできる人

と見ることができます。
あいつオタクでキモいからいじめよう」経験者から見たら、全然オタクではないわけです。
なんというか、自分と確かに同じ趣味・嗜好を持っているけど根底がオタクではない。
そんな風に映るのです。

まるっとお話が変わりますが、私がなんでわざわざこんな話を記事にしているかというと、
先ほどの、一つの事にしか関心が持てないという定義はまさに発達障害に起こりやすいものだからです。
世間一般で言われるところの意味でのオタクに発達障害が多いのも、この性質によるところが多いと思われます。

そして、発達障害の中でも自閉症スペクトラムは他人に対して想像力を働かせることを苦手とするので、恋愛感情というものを理解できない人も多くいるようです。(臨床心理士さんが言ってた)

実際私も、お付き合いしてる人はいるにはいるけど、友達とほぼ変わらん関係のままです。
間違いなく相手に悪い感情はないものの、恋愛感情なのか…?って感じだし、例えばもっと親密な関係性になったときに「うわ、無理」となる可能性が大いにあります。

もちろん全ての発達障害がそうというわけではないけれど、そういった人々にとっては、この『ヲタ恋』は、完全に空想世界のもので、現実味がなく感じられるのは無理のないことだなぁと思いました。

それはともかく、
ネタに関してはオタクあるあるなものも多くて可愛いので、空想作品としては優秀で私みたいなマジでキモいほうのオタクでも楽しめる作品であることは間違いない『ヲタクに恋は難しい』。
最近はこの作品だけでなく、オタク女子(腐女子)がスターダムのし上がる系の漫画も多いように思います。

明日は、同じくオタク嗜好を持ち恋愛を取りあつかう作品の中でも、結構異質と思われる、
『桐生先生は恋愛が分からない』
について、おんなじように記事にしてみたいと思います。

おしまい。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です