シンデレラじゃいられないけどラプンツェルにもなれない。

シンデレラじゃいられないけどラプンツェルにもなれない。

 

※うっかりいつもよりポエミーになっちゃったのである意味閲覧注意。

わりといつも双極切り替わってる

私は発達障害と共に双極性うつという精神疾患を患ってます。
双極性は躁状態(気分が上がっている、興奮状態)と
鬱状態(気分が抑圧され、無気力状態)が
どちらも表れ、この両極端の状態をいったりきたりしてしまうものです。
通常の気分の波でも落ち込むときもあれば幸せなときもあると思いますが、
うつの時は自分がゴミクズで生きてる価値なんかないと心の底から思い込んでいて、
躁状態では万能感に満ちてアイディアや動くエネルギーが湧きあがり、散財とかしちゃう。
このくらい気分の振り幅がでかい疾患です。

本日も、朝は早めに起きてウキウキ気分で外に出たのですが、電車に乗るとなぜか最近あったいろいろなことが突然辛くなってしまって涙ぐんでしまった。
服薬治療で以前よりはマシにはなったけど、やっぱり切り替わり激しいなぁと思ってる。

このブログ双極性うつ言ってるわりにその話題少ないやんけワレェ!
と思われる方がもしもいるようであれば、この下をちょっとご覧頂ければと思う。

 

可哀想なシンデレラであり、特別な力のあるラプンツェルでもある

ちょっと前の記事病院に行ってからがほんとのはじまりで、判明したときに感じたことを少し書きましたが、他者を抜きにして考えると、もっともっと心境は複雑だった。
診断にあたり、自分の半生を振り返っていたら、辛くて辛くて涙が出たのもなんかの記事で書いた気がする。
発達障害がわかって、先生に「生きにくかったでしょう」って言われたときには、また涙が溢れた。

頭の中では、
生きにくかったのは生まれつきの性質だったんだ、私の努力不足だからじゃなかったんだ。
これからもう少し生きやすいようにケアを受けられるんだ。
そういう安心感と、
やっぱり私は『障害者』だったんだ。
という現実を突きつけられた両方の気持ちがあった。

今でこそ発達障害という言葉自体は世の中に溢れてきたけど、私の親くらいの世代なんかで、ドラマとか映画で自閉症とかを扱っているものがそこそこあったらしいので、観てた人も多いと思う。
だから、『障害者』って言葉に、無意識的に特殊な人・可哀想な人って印象があった。
ああ、私は普通じゃなくて、可哀想な人間なんだ。そんな風に思ってしばらく生きてた。

私は双極性の診断だけど、抑うつ傾向のほうが強くて、というか、なる頻度が高くて?
結構気分落ち込むことが多いし、今でも自分のことはゴミクズだっていう意識が消えない。

生育環境も悪かった方だったので、親への恨みまではなかったけど、なんて自分は可哀想なんだろう!!って風に思っていた。

冷静に見るととても痛々しいメンヘラの思考ですね!

そして、同時に、こんな思いもあった。
知能テストで私は普通の人よりこんなに頭がいい部分があった!
私は可哀想なんじゃなくて、個性がはっきりしすぎているだけなんだ!
ゼネラリストじゃなくて、スペシャリスト!特別な人間なんだ!!

ちょっと誇張している部分もあるけど、そんな風に考えることで抑うつ気分を解消しようとしていた。そして、私の得意な分野で会社に貢献できるようにパワポ資料作ったりとかしてた。今思うとバカだなぁ

 

私は私以外のなんでもなかった

心のどこかで、私は可哀想な人間であるという悲劇性に酔ってる部分があった。
そんな中で、私は同じ障害を持つ人たちが話し合うグループワークに参加して、自分が自閉症スペクトラムの中でも相当にマトモなほうであると知ってしまったのである。
ありとあらゆる経歴と言動に、ドン引きと憐れみとムカつきを覚えて体調不良になったほどだった。
なんかもうあらゆる感情を込めて、誤魔化すとしたら、
「ロックだぜ…」以外にないと思った。

しかし、抑うつ状態を立て直すために、『障害者』というアイデンティティを確立させ始めていた当時の私は、アイデンティティが薄味だったことに気づいてしまって、また人生が怖くなってしまった。

そんなとき、グループワークを管理していた先生が言っていた。
「いや、障害が軽いほうが辛いよ」

そう、今最近まさに自分の身に起きてるけれど、傍目に障害として理解できない部分と突出して理解できる部分の違いがわからないので、周囲の人は普通の人だと、むしろちょっと優秀だと思ってしまわれるのだ。
障害の重い人は、私がドン引きしたように、人が近づいてこない。
そして、重たいと自分がおかしいことにも気づけない。だから、必要以上には傷つかない。

クソオタクで、発達障害で、双極性うつで、くそ真面目なワーホリの私には、
クソオタクで、発達障害で、双極性うつで、くそ真面目なワーホリなりの悩みがある。

たぶん、それだけ。
できるだけ、自分が楽になれるようにがんばる。
いいとか、えらいとか、特別とか、そういうのじゃなくて、多分それだけなんだと思う。

 

言霊っていうのがあるじゃないですか

で、私がわざわざ文章のルールを崩してブログにしたり、茶化したり、適当なネタぶっこんだりして、このブログを暗すぎる内容にしないのは、
読んでくれてる人がほんの少しでもいるのなら、その人たちにあんまり嫌な気持ちになってほしくないから。

悲しいことを綴ると、読んでる方も悲しくなっちゃうじゃないですか。
まして、形として残り続ける言葉だもの。
どうせ吐くなら呪いより、祝いに近い言葉にしたい。

あと、

っていうようなセリフがあるよーに、
ネガティブなこという人にはネガティブキャンペーン開催中の人が寄り付きやすいんじゃないかよ思うんすよ。

だから、できるだけ面白い話題とか、ちゃんと真面目に話す話題にしようって思ってます。
そもそもうつがひどいとブログが更新できないという理由もありますがw

ネガティブポジティブ繰り返しながら、出す言葉はポガティブにしていくのが目標です。

 

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