It there

It there

 

アラサー、再び人生を振り返る。

さて現在私は心療内科に通院し、発達障害のお薬と抗うつのお薬、診察を受けに行ってます。
最近は自律神経をやらかしたので、ちょいとばかし休職もして通院回数を増やしている次第。
そんなわけで、自分がすごい情緒不安定になりやすくて、傷つきやすくて、その発端が自分の生育環境にあることを相談した。
具体的に言っちゃうと、実家が廃墟で猫屋敷で貧乏だった上に無自覚の発達障害だったもんだから、みんなの言う普通がわからなくて、「普通○○するでしょ?」という言葉が非常にストレスになってしまうこと。

「普通、旅行にボトルで化粧品持っていかないでしょ」
こちとら旅行自体が5、6年に一度あるかないかなんだから旅行の普通なんて分からないよ。パスポートなんて当然持ってないよ。

「普通、ちょっと距離あったらバスか電車に乗るでしょ、暑いし」
歩ける距離なら歩いた方がお金がかからないよ。
余ったお金でお昼ご飯が買えるよ。

「普通、食事は家族個別におかず用意するでしょ?」
まず机と椅子もない環境で生きてきたんだよ。
家族もみんな働いて、一緒に食べるなんてことほとんどなかったんだ。
おかずは作ってあったものをフライパンから直接食べてたんだ。

「普通、歯医者くらいは定期的に行くよね?」
病院行くお金も時間もなかったんだ。
病院に行ったらどうせ通院になって、通院するお金なんてなかったんだ。
昔からうつの傾向はあったから、歯医者行くなら心療内科にしたかった。

思い返せば思い返すほど自分の人生は惨めで、気持ちが悪くて。
たとえ相手にとって普通のことだったとしても、私には頑張ってやっとできるようになったことだったり、当たり前のように我慢してきたことだった。
そんな思いが根本にあって、とにかく自分の行動・思想に「なんで?」と聞かれると、自分自身そのものを否定されたり疑問視されたように感じていた。

 

お医者さんは言いました。

そんな私の独白にお医者さんは、サクっと言いました。
「今はどうなの?」
「今あなたは旅行も行けず、病院も通えないほど貧乏なの?」と。

病院通えてるなう。誘われればまぁしょっちゅうは無理だけど旅行も行ける。

以降は私の英語力と聞き取り能力がクソなので実際違ったらごめんなさいなのだけど、まず心療内科ではドイツ語でなんちゃらかんちゃらという単語があるらしい。
その単語の意味は英語に訳すと「ここ」と「be動詞」、繋げると「It there」(今現在)を指すそうです。

つまり、過去に捉われずに今どうあるかに目を向けていくことが重要だと。
過去に自分はどうであったか、どんな成長をしてどんな価値観を得たのか、それは誰でも違う。
では、今はどうなのか、と。

 

あ、しあわせだった。

言われてみて思い返したら、私は今発達障害で双極性うつ障害であることが分かり、適切な治療を受けている。
一人暮らしになって生活は豊かではないけれど、少しずつの貯金ができるくらいにはお金がある。
アレコレすれば普通に旅行も行ける。もちろん机も椅子もあるし、気合いがあれば一汁三菜も用意できる。
そう、ちゃんと思い返してみたら、私は何にも惨めな生活なんてしていないのだ。
なんだ、ちゃんとしあわせじゃんか!!(単純)

そうと分かれば見えてくる。

自分がなんだかんだ幸せであると分かったからには話が早い。
その幸せはどこからやってきたのか、だ。
きちんと考えると、仕事、つまり収入がきちんとあることが大きい。
そうだ、やっぱり私は定職について賃金が安定して入ってきて、その上で贅沢すぎない生活をすることで今の生活になれた。(鬱も悪化したけどそこは放置!)
もちろん、周囲の友人・同僚・上司や、家族の理解・協力があってこそのものだけれど、私の根本はやっぱり企業戦士なんだ。

となれば、休職中に私がすることも見えてくる。
やっぱりまずは体をしっかり治すこと。それから自分に向く仕事・向かない仕事の自覚を持つこと。
それをきちんと会社へ説明し、自分の存在が会社にとってメリットになることを説明することだ。
そして何より重要だなと本日思ったのは、こんな風に自分を過剰に追い込んだり勝手にキレてたりするマインドをどうやってコントロールしていくかだった。

 

人生もゆとりあるご乗車をしていきましょう。

結論を言うと、「いっぱいいっぱいにならないように余裕を持って生きていきましょう」
これだと思った。
悩んだ末に何をこんな簡単なことを、と自分でも思うけれども、これが一番自分に足りていないと思った。

お金がかかるなぁと思うことには渋りがちになるのはそのままでいい。
でも、今は昔の自分より金銭面でゆとりがあるからそれができる。

できる仕事を積極的にたくさんやっていないと不安になるのは治らないかもしれない。
じゃあ、余裕をもって帰れる量を守ろう。

友人にコンプレックスを刺激されるようなことを言われた。
じゃあ、友人との心と物理的な距離にしばらくゆとりを持たせよう。

ゆとりを持って生きれるようなライフスタイルに徐々に変化させて行こう。
ゆとり世代ですもの、ゆとり持って何が悪い!
まぁ所詮は躁鬱抱えた治療中の人間の言うことなので、また自分の不幸に酔ってしまったりはするかもしれないけれど、とにかく今日決意したことだけは、できるだけ守れるよーーに健全な精神と健全な肉体の錬成を目指して生くぜ!

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