アラサー、自分と向き合うの巻

アラサー、自分と向き合うの巻

思ったより重症でした。

身体症状は落ち着いたかと思ったら、引きこもりになったおかげで意識することが減ったってだけでした残念!ふっつーにまだ具合悪いわ!
それよりももっと「やっベーわこれ」と思ったのは、自分で分析していた以上に自分の精神が不安定な状態になってしまっていたということ。
なんてったってもう、日常にめっちゃ些細なことで傷ついて涙が滲む。
ムカつくこと言われて、それが怒りに変わるのならまだいいのだけど、名前のつく感情にならずにただ涙だけ出てきてるってのがめっちゃ病んでると自分でも思った。
また、昔みたいに自殺願望が顔を覗かせないように、しっかりと自分でケアしていかないと、と思った。
ただ、残念なことにうつ病にしろ発達障害にしろ、完全な治療とか症状の苦しみは自分にしか理解できない。総じて、自分のことをもっと知って、対処方法の種類を増やすってことしかできないんだなと思った。

 

そもそも何がストレスなのか

そのような問いが誰かからきたとしたら、困ったことに「わからない」というのが現状。
正確には、薄々わかってはいるのだけれど、それは私の性格・性質・価値観の根本の部分が原因だから、具体的な逃げ方が分からないという状態。
休職したくらいだから、体を壊す原因が職場環境にあったのは事実だけれど。
その職場環境にストレスを感じる原因は自分のアイデンティティによるものでもあるってことは、転職しようが休職しようが、苦しいまんまなのは変わらないってことだ。
うつ病の人に「そんなに頑張らなくていいんだよ」って言ったところで、「頑張っちゃう性格だからうつ病なってんねん!!!」とそういうこと

だから、めちゃくちゃにしんどいけれど、年齢的にもくそ恥ずかしいような気もするけれど、自分自身と向き合ってその部分を自覚して対処方法を考えていきたいです。

 

ストレスを感じる場面

大体の人に生い立ちを話すと、「それで本でも出せそうだね」とか「それでブログ書いた方が読まれるんじゃない?」とか言われるくらいには、私の生い立ちは幸せなものではなかった。
人形供養の話でもちらっと出したけれど、実家が廃墟寸前の時点でもうまともではない。
プラスして発達障害だし。
私など序の口だろっていう体験をしている人もそれこそ山のようにいるけれど、私よりはるかに楽に生きてきただろう人間が大勢いるのもわかっている。

だからこそ、私は自分が可哀想とは思わないけれど、一般的な家庭環境とは異なる環境で育ったがゆえに、「普通」であることや「常識」から抜けていると思われることや、それに準ずることを言われると著しいストレスを感じてしまうようだ。
職場で言えば、「普通」、在籍年数が長ければ大抵の仕事はわかっているはずなのに、新入社員の方が理解が早い。そんな場面になったとき、凄まじいストレスを感じる。
どこかで見聞きした話では、人間がストレスを感じるのは、怒られらたときなどよりも「恥をさらした」瞬間の方が大きいらしい。うーーん、めちゃくちゃ経験あるわーー。

そんなわけで、身バレがしない程度に、自分のことを整理する為の方法として、このブログを使っていくこともしていきたいと思います。
これもポガティブに生きる為。ゆるーーくお付き合いいただければ幸いです。

 

 

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