人形供養にいってきた話1

人形供養にいってきた話1

*供養に行くまでの経緯。長いです。

 

昔、私が生まれる前は家は裕福だったらしい。

同居していた母方の祖母がお嬢様だったらしく、祖父母の家に私たち家族が住まわせてもらっている状態だった。
確かによく思い出せば幼い頃には象牙のヘラだの虫入りの琥珀だの、なんだかよく分からんが高そうではある物がたくさんあった。

その中でも圧倒的な存在感があったのが、五月人形とお雛様だった。

五月人形は鎧兜と刀と矢がセットだったし、お雛様は何段あったか忘れたが、三人官女や右大臣、左大臣はもちろん、嫁入り道具や牛車まで並べられるものだった。社会に出て気付いたが、あれだけのお雛様は普通の家にはないと思う。

今思えばADHDの片鱗だったのかもしれないけれど、幼い私にはその価値が分からなくて、嫁入り道具のお椀を人形遊びのままごとに使っては無くし、年々並べるものが減っていった。
メタクソ勿体無い。

さて、五月人形とお雛様があるくらいなので、私には兄弟、姉と兄がいる。
雛壇のあるお雛様は先に生まれた姉のものなので、私には別の女の子のお人形が買われたのだ。

それが今回供養に出した子だ。

やはり買われた頃には裕福だったので、一体だけれど太鼓を持って大きな台座とガラスケースに入り、桃色と金の豪華な着物を着た子だった。

 

ちなみに我が家は父親との離婚をきっかけに、坂道を転がりだしたみたいに貧乏になった。
現在の実家は色々あって廃墟寸前の猫屋敷。
リアル悪霊の家(悪霊がいるとは言っていない)である。

多分ブラック企業だろうなと思いつつも、金が入りそうで社員寮がある企業に私が入るには十分な理由だった。その結果、色々と病んでしまったけれど。

 

 

さて、件のお人形さんだが、家そのものが荒廃してるので、この子も大変な有様になっていた。
まず猫が危ないからだと思うが、ガラスケースは気付いたらどっかにいっていた。
そして、物置というほど奥まってはいない収納スペースに押し込まれていた。

私は、買われた理由こそ私のためなのかーという思いがありはしたものの、頼んで買ってもらったわけではないし、記憶にある限り最初から家にあったものだったので、別にそこまでこの人形に思い入れは無かった。

それでもなんとなくいつも気にしていたのは、母親が比較的信心深い方だったからか、
無意識に私のものだという意識が働いていたのか。
とにかく、その子が仕舞われていることがずっと頭の片隅にあった。

社会人になって実家には数年に一度帰る程度だったけれど、その子は見かける度に髪の毛がずれ込んで顔が見えなくなっていた。
もう何年前に気付いたのか分からないが、
あるときその子は髪の毛が一部ゴッソリと取れてしまい、太鼓は無くなり、よりゴミだらけになったスペースに、残った髪の毛がカツラみたいに前にずれた状態になって置かれていた。

私は、あまりの扱いにビビっていた。人の形をしているものだというのに!

さらに恐ろしいことに、家に住んでる家族はこの子がここでこんなことになっていることすらよく知らない様子だった。姉の化粧品がこの子の目の前に置かれているから、少なくとも姉は毎日見ているはずなのに。

臭いものには蓋、という言葉ってこういうとき使うんだな!とどうでもいい事まで考えた。

 

 

時が経つ度に可哀想という気持ちが強くなっていった。
けれど、結局気にしているだけで何もしない私も、そこにいるのを知らない家族と同じだった。
それからちょっとしたきっかけがあって、人にこの事を話す機会ができた。
ドン引きされるかと思ったが、割と真剣に、供養に出した方がいいよ、と言ってもらえた。

そう、やっぱりこのままはよくない。そう一念発起して、人形供養に乗り出した。

 

*次回からはいつものテンションです。

人形供養に行ってきた話2

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